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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)653号 判決

上告人(被告・控訴人) 樋口善太郎

上告人(被告・控訴人) 高見茂

上告人(被告・控訴人) 西端芳松

右三名訴訟代理人弁護士 山口幾次郎

同 大白慎三

被上告人(原告・被控訴人) 森松幸子

右訴訟代理人弁護士 長谷川豊次

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人山口幾次郎、同大白慎三の上告理由一ないし二について。

被上告人は、上告人高見、同樋口とは本件訴訟に至るまで全く面識なく、同上告人らと同上告人ら主張のごとき抵当権設定契約および代物弁済予約を締結したことも、その締結の代理権を他に授与したこともなく被上告人が本訴において抹消を求める登記がされるに至ったのは、訴外松下利三郎が上告人高見、同樋口から借金するに際し、被上告人の権利証を盗みだし、勝手に市中で買い求めた森松名の印章をもって改印届をし、この印章を上告人高見に交付しこれによって関係書類が作製されて登記手続がされたものであり、右各登記は被上告人の全く知らないうちになされたものである旨の原審(その引用する第一審判決を含む。)の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係に照らして首肯できる。その他原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

上告代理人山口幾次郎、同大白慎三の上告理由

一、原判決は事実の認定につき、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背又は経験則に反する違法がある。

原判決は、「訴外松下利三郎が控訴人高見、同樋口から金借するに際し、被控訴人の前記各物件の権利証を盗み出し、かつ森松名の印章を市中で買求め、昭和三五年二月一一日、所轄の尼崎市役所立花出張所に対し、被控訴人の名義で、被控訴人が従前使用していた印鑑は、同日自宅で紛失したので改印する旨の不実の記載をした届書と共に前記市中で買求めた印章を被控訴人の印鑑として届け出る旨の不実の改印届書を提出し」「同訴外人と共に抵当権設定金銭借用契約証書の連帯保証人兼担保提供者としての被控訴人名義の部分を偽造し、さらに、被控訴人名義の登記申請の委任状等をも偽造した」と認定している。

然しながら右訴外人の右金借は被控訴人を含む松下一家の生活のためのものであったこと、及び被控訴人は松下一家に養育せられて大きくなったものであることが、原判決挙示の証拠によって明白である。

斯る場合に右訴外人を柱とする松下一家の生活のため金借するにつき、被控訴人が自己名義の物件を担保に提供することは人情の自然である。原判決は、更に「被控訴人は昭和三〇年に結婚して以来夫と共に訴外松下直三郎の家の隣家に居住していて同訴外人方に居住していない旨の供述」を採って、被控訴人が承諾していないことの認定に供しているが、隣家といっても、それは、一つの家の中の別室と同じものであり、親子兄妹の実質をもって生活していたことを否定し得ないところである。右訴外松下利三郎が権利証を盗み出したというが、同訴外人が隣家に忍び入って、権利証を盗み出したとの証拠はない。かつ権利証を盗み出す位のものであるならば、如何にして実印をも盗み出さなかったのであろうか。右訴外人が改印したことは、否定できないが、これとて無断で、かくれて改印しなければならない事情はないのである。

右訴外人親子兄弟被控訴人と控訴人等との利害が対立し、競売せられてしまう危機に至って心を合せて偽証又は、いつわりの供述をしているのである。斯る偽証いつわりの供述をとって、すべて控訴人等の供述を措信せず、虚偽と断定することは、以上の人情の自然と機微を無視し、虚無の証拠により、また経験則に反した認定である。

二、原判決は、理由不備又は、理由そごの違法がある。

右の如く、訴外松下利三郎が権利証を盗み出したと言い、同訴外人は、これに沿う証言をしているのであるが、その証言においても、むしろ権利証は、被控訴人の家から盗み出したと言っているのではなく、自己の家の仏壇から盗み出したと言っているのである。この証言は、偽証であるが、仮りに外形的にこのように見える事実、即ち、自分の家から権利証を持って出た事実があったとしても、前記の如く、被控訴人、右訴外人等は、結局は一家のものであり、この一家の生活のため金借であるから、親子、兄弟、被控訴人等に何の遠慮もなく、そのことを相談し、そのことを許されていたであろうことは、当然のことである。

原判決は思をここに致さず、軽々に、右訴外人が権利証を盗み出したとか、控訴人高見と共謀して契約書、委任状を偽造したと断定するのは、理由不備又は、理由そごの違法あり、ひいては、審理不尽の違法があるというべきである。

右訴外人が何故に話さないで、盗み出さねばならなかったかの事情は、全く不明なのである。

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